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或る蛮人の書誌

読書記録と雑文集

2190日間の混乱

・内部の怒号 この六年間はいったい何だったのか! そのように問う怒号が自分の内部から響いてきたとき、僕は、来るものがついに来てしまったと思った。そして、はじめはその声に対して耳をふさごうとした。なぜかというと、僕にも分からないからだ。困惑し…

卒論について

やっと卒論が終わった。 魂の全体重を乗せて書いたつもりだ。 たかが学位論文に対して「魂」だなんて大袈裟すぎると思われるかもしれないが、これからもたくさんの文章を書いていくうえで、この卒論を「原点」にしたかった。それと同時に、いささか長引いて…

大学という社会的現実とその亀裂

・はじめに、一つのエピソードから 「君、学生ならヘーゲルの『精神現象学』ぐらい知ってるよね?」 大学二年生の英語クラスで、大昔に有名だった学者の弟子だという初老の英語講師が、彼の前に座っている女子大生に向かってそうたずねた。聞かれた方の彼女…

ファミレス・レポート

自然の様々な動きを観察するための手法として定点観測というものがある。例えば、気象の変化を同じ場所からカメラで連続して観測するといったものだ。その「お天気カメラ」のごとき目で、ファミレスの人間模様について書いてみようと思う。というのも、この…

複線的な文脈の終わり

何の事情も知らない人からすれば、以下の文章は意味の分からないものになってしまうことを先に断っておく。あるいは、断片的に知っていて理解できるが、ところどころで知らないことがある人もいるかもしれない。というのも、これから書く話は、僕のケジメに…

見送るということ

久しぶりにブログを書こうと思う。 たいてい更新する時は何らかの出来事や思いつきがあった場合なのだが、今回もやはり出来事があったのだ。出来事、つまりそれは様々な意味が集約されたワン・シーンに立ち会ったということであり、過去の中に見出した連続性…

記憶の跡地への旅

・「無の大地にて」 僕だけを乗せたバスが荒野の真ん中を進む。雲間から射す斜陽の強い光が窓を貫いて頬を熱く照らす。ガタガタと揺れる車体の音だけが鼓膜に響いた。いつか見た景色が突然現れると、記憶の奥の奥に潜んでいたイメージがゆらりと立ち上がる。…

年間100冊読んでみて思ったこと②

・はじめに とうとう師走になってしまった。しかし今年もなんとか年間100冊を読むことができた。とはいえ、「100冊読んだ」なんて虚仮脅しに過ぎないと自分でも思う。一週間に大体3~4冊のペースで読んでいれば自然と一年間に90~120冊にはなるのだから、土…

ファミレスから追い出されたオッサンの話

とりあえずのところ、僕たちの日常はそこそこ平和で、しかもわりと豊かで快適だと思う。この普通の日常は失われてはならないし、誰かに脅かされることはとても困ることである。これに賛同して頂ける読者の方々はこのまま読み進めてほしい。以下に述べる話の…

介入という名の暴力

暴力。それは一般的には物理的な「殴る」「蹴る」などになる。他には、いじめなどで用いられる「言葉の暴力」や(集団的という意味での)「数の暴力」、あるいは社会的な支配関係の構造を身体化させる「象徴的暴力」(P・ブルデュー)などがある。 ともかく…

自意識の社会

・「自分探し」から「着せ替える自分」へ 旅をしていると「自分探しですか?」と一度は聞かれる。しかし大抵の場合、それを聞いてくるのは年配の人で、若い人にとっては「自分探し」という言葉自体が死語に等しい。そもそも「自分」を探す対象として見ていな…

「夏目漱石における恋愛の倫理」

『三四郎』から『それから』『こころ』へ ・はじめに(問いそのものについて) 『三四郎』を読んでいる最中にとても気になった部分がある。それは小説のなかで美禰子が三四郎に向けた「われは我が咎を知る。我が罪は常に我が前にあり」(『三四郎』岩波文庫 …

教科書の小話

僕は小中高ずっと授業の時間が好きではなかった。 退屈でしかなかったし、板書を写すことすら億劫だった。予習・復習なんてもってのほか。だから当然テストの成績が良かったことはほとんどないし、それは大学生の今でも変わらない。基本的に「やらされる」こ…

本当の近況 旅としての独学

・はじめに 「自分を変えよう」 そう思って学問の扉を叩いてから1年半が経とうとしている。今回の記事は、とても個人的な振り返りに終始する。その理由は、春休みにやったことの振り返りを簡単にフェイスブックに書いたところ、意外にも「いいね」の数が30以…

春休みの読書感想文①

春休みが終盤に入ったので、この期間に読んだ本のうち4冊について感想と考えたことを書こうと思う。ちなみに、この記事はただの自己満足でしかなく、思いつきの文章でしかない、一介の読書人による暇つぶしである。 前回の『年間100冊読んでみて思ったこと』…

戦後70年、震災後4年、僕は人間22年目

「原点が存在する」 とても個人的な話からはじめたいと思う。 僕はもうすぐ22歳になる。あの3.11に22歳となる。そのことについて僕個人だけが何か特別な運命のような観念を抱くのは、控えめに言っても妄執が過ぎるというものだろう。しかし事実は事実であり…

東京郊外を旅する(光が丘-高島平-多摩ニュータウン)

・概観 1.旅の前の予備知識 2.漫喫の夜 3.光が丘団地 4.ロードサイドで考える 5.高島平団地 6.多摩ニュータウン 7.角田光代『空中庭園』について 1.旅の前の予備知識 都市社会論や郊外論をいくつか読んでいて徐々に分かってきたことがある。…

郊外について、序

まるで水彩画のように滲んだマリンブルーの空が、幾何学的な鉄筋コンクリートの塊によって切り取られている。両側にそびえたつ団地に挟まれた坂道を歩きながら、この町のことについて考えてみる。青梅街道に突き当たって、あらためて目の前の風景をじっくり…

年間100冊読んでみて思ったこと

大晦日まで約1か月を残して年間読書量が100冊を突破した。ということで、今年の読書経験を振り返ってみようと思うが、その前に読書そのものについて少し書いてからにしよう。 僕は基本的にどんな形式のものでも読む。大衆小説、純文学、詩、ラノベ、新書、…

郊外の共同体、マルクス的解釈

・はじめに 高度経済成長期を経て日本全体が都市化の一途を辿り、核家族やホワイトカラーや郊外のニュータウンなど現代的な生活スタイルとも呼ばれるそれが当たり前になって久しい。団地の多い東京郊外で育った著者自身にとってはもはやそれこそが故郷であり…

休学とこの時代

・はじめに 「世界が慌ただしい」 そう感じるようになったのは、僕自身が少しばかりモノを知るようになったからかもしれない。どの時代も様々な変化があり、年がら年中“激動の時代”と言われてきたのだろう。しかしそれにしても、この時代は今日の大学生にと…

サルトルの論争、丸山眞男、そして有川浩『明日の子供たち』

「飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か?」 この有名な一節は、1964年にジャンポール・サルトルがLe Mondeのインタビューで「言葉」について発言したことであり、文学界をはじめとして論争を呼んだ話題だ。このことについて解釈を加えるなら、サルトルは文学を…

このブログを始めるにあたって

新しく始めよう このブログを始めるにあたって、その趣旨や方向性などをいくつか述べておきたい。まずは僕の関心が変わっていく度に記事のテーマも変化していくということだ。なぜなら、僕は現時点では学部生であって様々なことに興味を持っているのだから、…