或る蛮人の書誌

読書記録と雑文集

見送るということ

久しぶりにブログを書こうと思う。

たいてい更新する時は何らかの出来事や思いつきがあった場合なのだが、今回もやはり出来事があったのだ。出来事、つまりそれは様々な意味が集約されたワン・シーンに立ち会ったということであり、過去の中に見出した連続性が現在に繋がる一瞬でもある。

どんな出来事があったのか。

また一人、友人の旅立ちを見送ったのだ。

仲の良い友人に限って言えば、今回で六人目になるだろうかと思う。僕は三年前に帰国してから、たくさんの人に「旅へ出ろ」と煽ってきた。もちろんその中には実際に旅をした人もいれば、そうでない人もいた。だからまぁ、僕が何を言ったところで大して影響力はなく、最後はそれぞれの意志で決めるものだ。当たり前だけど。

それにしても、今回は少し事情が違う。

どう違うのかというと、その友人はすでに三年間会社に勤めていたのだ。これまでは皆、帰る場所(大学)がある人たちだった。しかし彼女(その友人)は、会社を辞めて旅に出た。つまり、帰国したらまたイチからやり直さなければならない。

この違いは大きいと思う。

僕自身、学生とはいえお先真っ暗の、なかばニート同然になってみて感じるのだが、何らかの生産組織に所属し、そのなかで社会的な役割を担い、他者と接する自分の生身に責任を背負わせるということは、重たい足枷を付けることであると同時に、世間の厳しさに耐えうる鎧をまとうことでもあるのかもしれない。だから今の僕は無防備なまま世間を浮遊する雑魚とも言える。

彼女は、その足枷と鎧を脱ぎ捨てて、ひとり旅に出たのだ。

彼女の親御さんはとても心配されているらしい。当たり前だ。僕が旅をしていた2012-2013年に比べて、国際情勢は悪化の一途を辿っているし、日本円のレートはかなり安くなった。そして本人はヨーロッパと中東を中心に世界を一周したいと考えているのだから、パリ・テロ以降の今日的な状況を考えれば、もはやリスクは爆上げ必至と言えよう。少しでもパターナルな考えを持つ人ならば、断固として許さないだろうと思う。僕も本来ならば「煽り」を慎むべきなのだが、実際は彼女の旅の準備にかなり協力してしまった。彼女が出立してから、その理由を考えるために色々と思い出していた。

記憶を遡ると、それは2012年8月イスタンブールの蒸し暑い夜に行き着く。

彼女と出会った場所はブルーモスク付近の安メシを食わせるレストランだった。お互いにまだ19歳、しかも彼女の言によれば「めっちゃ尖っていた」ので、今となっては具体的にどんな内容を話したのか忘れたが、やたらと威勢のいい人生論をぶつけ合ったような気がする。要するに、二人とも精一杯の背伸びをしていた時期だったのだ。その時の僕は、そんな「背伸び」の一環としてアゴひげや口ひげを生えっぱなしにし、それっぽいエスニックな服を小汚く着ていた。彼女の方はというと、誤解を恐れずに言えば「行動力のあるサブカル少女」のような印象だった。結局、その食事代は彼女に奢ってもらった。実に情けないかぎりだが、最近も奢ってもらったので、本当に僕は金もなければ男気もないクズ野郎である。

時間はあっという間に過ぎていく。

僕が日本に帰ってきてから、半年に一回ぐらい会って酒を飲んだ。専門学校を卒業した彼女は就職の道を選んで、とある有名なファッションブランドの会社に勤めるようになった。僕は僕で復学後に色々あったものの、最終的には読書三昧の日々に身を浸していた。週に3~4冊、月に約10冊、年に100~120冊、何かに憑りつかれたように読んだ。その間に五人の友人が海外へ旅立つのを見送り、そして一年後その人たちの帰国を迎え、それからさらに一年後にはそのほとんどの人たちが大学を卒業していくのを再び見送った。すると次には、勤め人の彼女が「旅」を口に出すようになった。

ここ数年で、僕は多くの友人を見送った。

そしてついこの前、その彼女も見送った。

 

見送る。送り出す。

僕がそれをできるのは、その人が新しい場所へ出ていこうとするからだ。旅の準備を手伝いもしたが、それだって自分で調べて自分で実行しようとするから、僕は手伝うことができるのだ。海外に行きたいだの、会社を辞めたいだの、そんなことは誰でも言っている。

口ではなんとでも言えるのだ、本当に。

これは哲学や思想なんかを勉強していても思うことだが、学説として、理屈として、深遠で壮大な考えを語ることは確かにできるかもしれない。もちろん「家族を持たない人が家族論を語るべきではない」とか、「倫理的でない人が倫理学を語るべきではない」とか、そんなことは一概に言えるわけではないが、自己の実存と自分の発言との間に何か見えない透明な緩衝剤を挟んで、他人の諸々を操作的に論じてみせる人たちに対して、少なからぬ不信感を覚えることもまた事実だ。僕に限って言えば、僕自身が生きることに直接関係あることを学びたいし、言葉が僕に向かって飛びかかってくるような文章を読みたいと思っている。

ところで当の彼女は、「このタイミングしかない」と言っていた。きっと本当にそう思ったのだろう。今を逃したら旅の計画は全て「昔の夢」となっていくことが分かったのだと思う。ああしたかったのに、こうしたかったのに、そんな繰り言を吐いている間に人は年老いていく。鋭く狡猾な人間は「誰しもそんなもんだ、諦めこそが人生だ」と言ってみせるかもしれない。僕も最近になってその言葉の意味をだんだん理解してきたつもりである。

だがしかし、むしろそれだからこそ、僕はこう思うのだ。

絶対に諦めず、逆接の語を叫び続けて、たった一つでも何かを達成したら、それは「人生に勝った」と言えるのではないだろうか、と。つまり、諦めと挫折の連続が人生の内実であるならば、生そのものが逆風であるとすれば、それを突破しようとすることは自己の実存に真正面から向き合おうとすることだろう。

僕は友人のそうした瞬間に立ち会いたいと思うタイプだ。

それが僕にとっての「見送ること」である。たとえ世間的に見て「逃げ」だろうが「遊び」だろうが、そんなことは関係がない。それに僕は知っている。逃げた先にもまた壁があり、そして遊びのなかにも学びがあることを。

以上のように、こうした一連の考えがあるから、僕は彼女の準備にも協力したんだと思う。実際に何かやっていれば誰かが見てくれている。そのうち誰かが手を貸してくれるようになる。他人との関わり合いのなかで、自分の速度が少しずつ上がっていき、現実はいつの間にか姿を変えている。月並みな話だが、そういうものだと思う。

そうでなきゃ、人生はつまらなくさびしいものだ。

だから僕は誰かを見送るし、いつかは誰かに見送られたいと思う。