内部生活者の手記

読書記録と雑文集

若者の最後、成熟の手前で

“彼は哲学者にもなれたろう、軍人にもなれたろう、小説家にもなれたろう、然し彼は彼以外のものにはなれなかった。”  ―――小林秀雄「様々なる意匠」

 

会社員生活が始まってから約三か月が過ぎた。

特筆すべきことは何もなく、ただシャトルランのように平日の向こう側を目指して働き、そしてまた折り返して、慌ただしく、しかし淡々と日々を過ごしている。だから、僕自身について書くことは何もない。というよりも、僕に関して面白い話は何もないと言った方が正確だろうか。もちろん僕自身は楽しく働いているつもりである。

いま書きたいのはむしろ他人のことについてだ。そのなかでも同年代の人たちのことについて書きたいと思う。というのも、僕は休学と留年を重ねているためにストレートで大学を卒業した人たちに比べて二年遅れている。つまり、二歩ほど後ろから同年代の人たちを見なければならない僕にとって、彼ら/彼女らは参考にすべき先輩たちであるから、ここ最近で見聞きしたことを素材に色々考えてみようと思う。

城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか』(光文社新書)が発売され話題となったのも、もう10年以上も前だということに驚きを禁じえない。この本が発売されたのは2006年だが、僕は大学一年生のとき、つまり2011年にこれを読んでいる。今から振り返ってみれば、そんな時分に読む必要はなかったと思うが、いわゆる「背伸び」の一環だったと思えば別に何の不思議もない。

ともあれ、僕たちの世代はストレートで進学・就職した人ならば、社会人「三年目」にあたる年齢(25歳)であり、そして紛れもなく「若者」である。この時点を通過した人ならば誰しもが「そんな分かりきったことを」と思うかもしれないが、今の僕が強く感じていることは、僕たちはもう「学生ではない」ということである。学生ならばひとまず無条件に若者と言えそうだが、しかし大学を卒業した時点で「無条件」ではなくなっている。つまり、25歳のそれぞれが「若者」を続行するか否かを考えているように見えるのだ。もちろんその決定にいたるキッカケはそれぞれ異なるものの、しかし、それぞれに共通した問題意識があるように僕には思える。それは「ここに決めてしまうか、あえて他の方へ迷うか」という「若者らしい迷い」そのものを相対化した微妙な地点だ。

なぜこんなことを思うようになったのかというと、この三か月の間に中学・高校・大学時代の友達やクラスメイトに会ったことが原因である。一言でいうと「エモい」ことの連続で、もう心が疲れ切ってしまった。お察しの通り、結婚だの転職だのといったお決まりの話題が、懐かしい顔ぶれの口からバンバン出てきたのである。しかしそれだけに限らず、「会社がブラックすぎて耳が聞こえなくなって仕事を辞めた」という苦労した人もいれば、長らく彼氏や彼女がいなかったけど最近とても良い人と付き合い始めたという幸せな人もいたり、あるいは大企業に就職したはいいけれど、これまでの人生を振り返ってみて後悔が多く、だから思い切って海外に留学しようか悩んでいる人もいた。

それにしても、20代後半の選択というこの「ラストチャンス」感は一体何だろうか。ひとつだけ分かるのは、転職であれ結婚であれ、あるいは他の選択であれ、その決定の場面で「若さ」を利用できる最後の時期なのだろうということだ。換言すれば「若さ」を自覚する年齢だとも言える。もちろん「若さ」を何の留保もなく「可能性」と翻訳してしまうことは危ういけれども、しかし否定できることでもない。そういえば、小林秀雄が「様々なる意匠」を雑誌『改造』に発表したのは27歳のときであった。このブログの冒頭に掲げた言葉には、彼の批評における鍵概念「宿命」の音が響いている。

自分の「若さ」を自覚するとき、つまりそれが正しいかどうかは別にして「最後の可能性」を感じるときにぶちあたる問題、それが「成熟」である。この問いは、発達心理学精神分析だけではなく、日本の思想/批評の場面でも繰り返し問われてきたことだ。だが、ここでは学問の専門用語や思想的なジャーゴンを用いることを控えよう。なるべく一般常識に基づいたふつうの言葉を使って考えてみる。(しかし「一般」や「ふつう」とは一体どういうことだろうか)

成熟とは、自分のなかにある可能性や絶対性を諦めることだろうと僕は思う。言いかえれば、自分の限界や相対性を悟らされることであり、今この何でもない自分を自分自身が受け容れた心の状態を指す。こう書くととてもネガティブな印象を受けるが、違った見方もできる。つまり、自分の能力には限界があるからこそ他人の助けを借りて社会的な存在として安定することができるし、自分の考えは相対的であるからこそ他人の考えを取り入れることができる。「そんなの学生時代から私は分かっていた」という人もいるだろうが、それを分かっていることとそれができることでは天と地ほどの違いがある。

ところで、これのどこが問題なのか。前段の最後に書いたことだが、それが若者にはできないのである。この私の可能性を、この私の絶対性を、この特別な私という価値を、なかなか手放すことができない。例えば転職や結婚のあとに「市場」という言葉がつくことがあるけれども、これは言わば無数の「私(の価値)」が売り出されていることが前提になっている。「生きるか死ぬかそれが問題だ」というシェイクスピアの言葉よりも、この時代を生きる僕たちにとっては「売れるか売れないかそれが問題」なのだろう。しかし、売りに出される「私」は「身体の老い」や「感性の保守化」あるいは「社会的立場」、もしくは単純な数字としての「年齢」によってその価値は少しずつ低減していく。だからこそ、25歳からの「ラストチャンス」感は、当然だが痛切なエモさを帯びてくるのかもしれない。

ところで、僕は今回の記事で僕自身の回答を書く気はない。というか、その答えを出すにはもう少し時間がかかる。ただ、すこし先を歩く同年代の人たちがこれからどのような答えを出していくのか、高みの見物ではなく他人事でもない気持ちで見ている。